体細胞由来ES細胞

クローン技術による体細胞由来ES細胞(ntES細胞)の作出
 前述したように体細胞からクローン動物を作出する技術は、成功率は5%以下、生まれても異常が頻発するなど、まだまだ不完全なものである。しかしこの技術を用いれば体細胞からES細胞を作り出すことが可能になる。最初の論文はウシのクローン胚を培養して作り出したES like細胞株の報告であった。その後マウスでも同様な報告が2本発表になったが、いずれの論文もES細胞の定義である「多能性」を示すことはできなかった。一方我々は卵丘細胞および尻尾の細胞を用いて、近交系、F1、ミュータント系、トランスジェニックなどいくつかの系統とそれぞれの雄と雌を用いて核移植を行い、クローン胚盤胞を約1ヶ月間培養してES細胞の樹立を試みた。その結果、すべてのドナーマウスから多数のES like細胞を樹立することができた18)。これらの細胞株でキメラマウスを作ったところ、ほとんどの細胞株は卵子や精子を含めた体中すべての細胞に分化し、ES細胞の定義である「多能性」を完全にみたすことができた。我々はこれらのES細胞を、核移植によって作られたES細胞なのでntES細胞(nuclear transfer ES細胞)と呼ぶことにした。
 ntES細胞の樹立成績は、マウスの系統や性別での差は見られなかったが臓器別(卵丘細胞と尻尾細胞)で比較すると、卵丘細胞からの樹立成績が有為に高かった(図2)。またドナー細胞が卵丘細胞の場合、ntES細胞の樹立成績(10%以上)はクローンマウスの成功率(約2%)より数倍高いことが明らかとなった。どちらも同じ種類のドナー細胞から核移植で作られているのに、なぜこのような差が出るのだろうか。仮説だが、ntES細胞の樹立には胚盤胞までの発生に必要なだけの初期化が起これば十分なのに対して、クローンマウスの作出には100%完全な初期化が要求されるのかもしれない。もしそうなら、ntES細胞の初期化は不完全、つまり一部体細胞の性質を残しているという可能性がある。そのようなntES細胞の性質が再生医学へ応用する際、何らかの問題を引き起こすのかどうかはわかっていなかった。
 そこで再生医学への応用を考えこれらのntES細胞の分化誘導を試みたところ、ntES細胞は体外で三胚葉へ分化させられることが確認された。続いて神経細胞へ特異的に分化させた実験では、形態だけでなくドーパミンやセロトニンを生産するほぼ完全な神経細胞へ分化させることができた18)。つまりもともとは尻尾や卵丘細胞だった体細胞も、ntES細胞を経ることで体中すべての組織へ分化させられることが示されたのである。最近Jaenischたちは、免疫不全マウスの尻尾からntES細胞を作り出し、このntES細胞に相同組み替えを行って欠損遺伝子を治療し、体外で血球幹細胞に分化させ別の免疫不全マウスに戻し治療することに成功した。彼らはたった1つのntES細胞株しか樹立できず、また核のドナーと治療したマウスは同じ個体ではなかったが、体細胞が再生医学に利用できることを始めて報告した19)。
 クローンマウスは、成功率は低いものの確実に再現可能であり、実験動物としての利点を活かし、多くの研究室で基礎研究のために作出され始めている。体細胞の核のすべてに全能性があるのか、初期化のメカニズムは何なのか、そしてそれをどのようにしたらコントロールできるのか、クローンに多発する異常の原因は何なのかなど、明らかにすべき点は山積みである。一方体細胞からES細胞を作り出す技術は、ES細胞の分化誘導の研究と結びついて、臓器移植などの臨床への基礎研究にも有効であろう。いまはまだクローンの成功率が低すぎること、ES細胞からの分化誘導が不完全であり、限られた細胞種にしか分化させられないことなど課題が多いが、近い将来、自分自身の臓器再生が当たり前になるのではないだろうか。