宇宙生殖生物学
将来、人類は宇宙へ進出するだろう。だが宇宙空間では無重力かつ地上の数百倍の放射線にさらされる。果たして人類はこのような過酷な宇宙環境で子孫を作れるのだろうか。そこで我々は国際宇宙ステーション(International Space Station: ISS)で以下の3つのプロジェクトを行い、哺乳類の宇宙生殖の可能性を明らかにすることを目指している。
1.Space Embryo(宇宙胚)プロジェクト 2.Space Pup(宇宙仔ネズミ)プロジェクト 3.Space Pup II (宇宙仔ネズミII)プロジェクト 2024年より、新たに以下のプロジェクトが始まります。 4. 新規採択プロジェクト 「マウスの生殖と継世代プロセスに及ぼす宇宙環境の影響」 4-1.Space Reproduction(宇宙生殖)プロジェクト 4-2.Gamete Genesis in Space (宇宙で生殖細胞の形成)プロジェクト 4-3. Oocyte Production in Space (宇宙で卵子の大量生産)プロジェクト |
Space Embryoプロジェクト:ほ乳類初期胚の発生における重力の影響
我々が以前おこなった、疑似無重力再現装置によるマウス初期胚の培養実験では、マウス初期胚には異常が生じ、出産率が大きく低下してしまいました(プレスリリース)。しかし疑似微小重力は本当の微小重力ではないため、この結果が事実なのか調べる必要があります。
そこで我々は本当の宇宙で受精卵の培養実験をするため、NASA主導の国際公募に応募したところ、世界から数百の応募があった中からトップ10以内の成績で採択されました(プレスリリース)。
JAXA(外部リンク)
http://humans-in-space.jaxa.jp/kibouser/subject/life/72818.html
本研究は哺乳類の初期胚をISSの完全な微小重力環境下で培養した世界初の実験になります。
本研究に先立ち、受精卵を特別な練習をすることなしに、誰でも説明書を読むだけで簡単に解凍や培養することが可能な、全く新しいデバイスの開発を行いました。簡単そうに見えるデバイスですが、この開発には10年以上かかりました。
我々が開発したデバイス。 シリンジで液交換をするだけで、受精卵を解凍し培養することが出来ます。 |
凍結した受精卵を入れたデバイスはSpace X 23号機でISSへ打ち上げられ、星出宇宙飛行士が解凍し、4日間培養後にホルマリン固定しました。その後地球に持ち帰り我々の研究室で胚盤胞へ発生したのか調べました。
星出宇宙飛行士がISS内で胚の解凍培養作業を行っている様子をJAXAのデジタルアーカイブスで見ることが出来ます。軌道上でSpace Embryo実験を行う星出宇宙飛行士
上段の写真はISSで培養した受精卵が胚盤胞まで発生したもの。左はISS内の人工1G、右は微小重力。下段は胚盤胞のICMとTEを染色したもの。A:地上1G、B:宇宙1G、CとD:宇宙0G。Dの胚盤胞は、ICMが2か所にあることが分かります。
この研究により以下のことが分かってきました。
○哺乳類の胚は微小重力でも胚盤胞まで発育可能
○胚の最初の運命決定(胎児と胎盤への分化)に重力は影響しない
○わずかだが一卵性双生児の割合が高まる可能性がある
本研究により哺乳類が宇宙でも繁栄出来ることが分かってきましたが、宇宙で発生した胚盤胞が本当に正常であることを調べるためには、胚盤胞から産仔を産ませなければなりません。将来的には、ISSで発生した胚盤胞をISS内で再凍結し、地上に持ち帰り、レシピエント雌の子宮へ移植して子供を産ませる研究や、未受精卵と精子を凍結して打ち上げ、ISS内で体外受精する研究なども行う必要があるでしょう。
Space Pupプロジェクト:ほ乳類の精子における宇宙放射線の影響
日本のHⅡBロケットで宇宙ステーションへ運ばれ「1年、3年および6年間」保存してもらった。(左:打ち上げた箱、中央:箱の中には12匹のマウス精子が入っている、右:ロケットの頭部から積み込んでいる様子)
宇宙で約1年間保存した精子から生まれた宇宙マウス |
最初の試料(約1年間の宇宙保存)を用いた研究により、ロケットの打ち上げや回収時の衝撃にも容器は耐えられ、宇宙マウスが生まれたことから、いよいよ宇宙生物実験としては世界最長となる宇宙で6年間保存する実験が始まりました。この予備的な試験研究(宇宙で1年間保存)の成果は2017年5月にPNAS誌で発表され、海外でも紹介されました。 |
(以下関連リンク)
https://abc.yamanashi.ac.jp/LSHP/Space%20pup% 20press%20release%2020170523.pdf
2019年6月、宇宙ステーションで6年間保存した最後の試料が回収されました。この試料で様々な解析を行った結果、凍結乾燥精子であれば宇宙放射線に対して強い耐性を有し、地上でのX線放射実験の結果をもとに計算すると宇宙ステーションで約200年間保存できることが分かりました。この成果は2021年6月にScienceの姉妹紙「Science Advances」に掲載され、この号のハイライトにも選ばれ海外でも紹介されました。
宇宙放射線に6年間さらされた精子からでも、たくさんの健康な赤ちゃんが生れました。大人になった後で交配すると、普通に子供を作ることができ、さらに孫も生まれています。 |
(以下関連リンク)
https://www.yamanashi.ac.jp/wp-content/uploads/2021/06/20210607pr.pdf
Space Pup Ⅱ プロジェクト:深宇宙放射線の研究に向けた予備実験
最初の宇宙プロジェクトSpace pupが順調に成果を出せたことから、この発展版として放射線保護方法の開発を目的としたSpace Pup Ⅱプロジェクトを開始しました。 https://abc.yamanashi.ac.jp/LSHP/kibou2021.pdf
本研究で成果を出し、数年以内に建設が始まる新国際宇宙ステーション「ゲートウェイ」での研究に採択されることを目指します。この研究を実施することが出来れば、有人火星探査などで宇宙飛行士が被ばくする深宇宙放射線の影響を調べることが可能になります。
2024年3月22日朝6時ごろ、本プロジェクトの実験試料が米国フロリダからISSに向かって打ち上げられました!!打ち上げの様子はYouTubeなどでも公開されています。
当研究グループではこれらの宇宙研究により、将来人類を含む哺乳類が宇宙で健康な子供を作り繁栄できるのか明らかにしていきます。
若山研究室のホームページ
https://abc.yamanashi.ac.jp/LSHP/Wakayama%20lab/index.
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